原油(Crude oil)
石油(oil)と天然ガス(Natural gas)
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八橋油田と太平山 (2002年1月20日撮影) |
| 解説 |
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秋田市郊外を流れる草生津川一帯は古くからの一大産油地帯です。八橋(やばせ)地域には「油田(あぶらでん)」という地名もあり,現在もユニット型のポンプが動いています。 江戸時代の見間録には,石油のことを「草生水」「臭生水」「草水」などと書き表わされているそうです。天然に滲み出した石油から独特の油気が標うため,石油を「くそうず」と呼んだのだそうです。「草生津」川の名前の由来と考えられます。 八橋油田は1935年に発見されたわが国最大級の油田ですが,江 戸古文書には「八橋臭津…にも油あり」と記されており,この頃から原油の滲出地として知られていたようです。 |
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秋田県内には,他にも秋田市新屋地区(雄物川をはさんで両岸にユニット式のポンプが立ち並んでいます。)由利高原(以前から石油資源の存在は知られていましたが,近年になってから開発されました。)昭和町豊川などに油井があります。 また,昭和町豊川は天然アスファルトの産出地です。同地の槻木遺跡から出上した縄文土器にアスファルトの付着 するものがあり,縄文人はアスファルトを土器のヒビ割れ修理に利用していたと考えられるようになりました。青森の三内丸山遺跡等の縄文時代の遺跡から出土した土偶の接着に使われていたアスファルトも,昭和町産のものと言われています。 (→石油の歴史) |
| ※火山岩に蓄えられる石油と天然ガス! |
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石油や天然ガスは,通常,小さな空隙が沢山ある堆積岩(貯留岩)を、空隙のない岩石が被っているところから産します。ところが1960年代に入ってから新潟で,1979年頃に鳥海山の北麓(由利高原)で,地下深く(2000m〜4000m)に埋もれている火山岩の中から石油や天然ガスが発見されました。 その火山岩は,秋田では玄武岩,新潟では流紋岩です。これらの火山岩は今から1500万年前(15Maと表します)の中期中新世後半頃の海底に噴き出した岩石(水冷火山岩)です。(→少し詳しい説明) 由利高原では枕状溶岩やその破片などの中にある細かな空隙に原油や天然ガスが貯えられているそうです。陸上の火山(鳥海山など)が高くそびえているように,海底に噴出して固まった水冷火山岩もこんもりとした地形をつくります。その高まりへ周辺の堆積岩の中にできた石油やガスが移動し,貯えられたと考えられます。 |
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東北日本弧の秋田-山形油田堆積盆内では,15Maから2Ma(鮮新世)までの間に断続的な火山活動があり,主として中性-酸性火山岩を噴出しました。これらの火山体は油田堆積盆内で,4つの地域(能代市東方,秋田市北東,角館-大曲付近,鳥海山東方の各地域)に集合していて,クラスター状(ぶどうの房のような集合状態)の分布を示しています。各地域の集合体は径20〜30kmの広さを持ち,海成層のなかに挟在しています。これらの火山岩の多くは,放射年代測定値から3〜10Ma頃の時期のものと推定されています。(中期中新世後半(12〜14Ma)頃のものは少なく,2Ma前後のものはほとんどありません。この時期は火山活動の衰退期と考えられます。) これらの火山岩は気泡や割れ目などの空隙に富み,堆積盆内では地質構造上の高まりをなすことが多く,炭化水素鉱床の貯留岩としての良好な特性を持っています。 |
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石油の利用は古く、紀元前4000年のメソポタミアで彫刻の素材として,また紀元前2500年のエジプトではミイラの防腐剤として天然アスファルトが利用されていました。 「日本書紀」には天智7年(668年)越の国(現在の新潟県)からもえる水・もえる土が近江大津宮に献土されたとあり,これがわが国最初の石油についての記録です。 元緑年間 (1688一1703年)の「北越奇談」に“越後七ふしぎ”の一つには,「火井」が記録されています。これは,天然ガスの炎と考えられています。。 |